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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2301号 決定

申請人 合成化学産業労働組合連合 外七名

被申請人 合成化学産業労働組合連合東洋高圧労働組合

主文

被申請人が申請人合成化学産業労働組合連合に対し昭和四一年七月二六日なした同申請人組合を脱退する旨の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、保証金一〇〇万円)

理由

双方提出の疎明によつて当裁判所の一応認めた事実関係ならびにこれにこれにもとづく判断の要旨は次のとおりである。

一、被申請組合は、東洋高圧工業株式会社従業員等組合員約七、三〇〇人を以て組織された法人格を有する労働組合であり、本部のほか九支部及び三準支部を置いている。申請人合成化学産業労働組合連合(以下合化労連と略称する)は全国の合成化学産業の労働組合の連合体であつて法人格を有する労働組合であり、申請人合化労連東洋高圧労働組合砂川支部(以下、「砂川支部」と略称する。)は、被申請人の下部組織である前記九支部のひとつであつて所属組合員一六八一名を擁し、独自の法人格を有する労働組合であり、申請人合化労連東洋高圧労働組合大牟田支部(以下、「大牟田支部」と略称する。)もまた前記九支部のひとつであつて、所属組合員一八四二名を擁し、支部大会、支部評議会、支部執行委員会その他の機関構成、運営等について独自の支部規約と代表者の定めとを有する労働組合である。また、その余の申請人らはいずれも、被申請組合の組合員であつて、申請人藤見、川端は砂川支部に所属し、申請人猿渡、杉本、貞方は大牟田支部に所属している。

二、ところで、被申請組合内部においては、かねてその加盟する合化労連から脱退すべきか否かについて意見が分れ、これを可とする被申請組合執行部と、これを否とする砂川支部・大牟田支部各執行部との間に確執があつたところ、

(1)  昭和四一年七月一日砂川支部所属の組合員星信雄は同支部所属組合員の五分の一以上にあたる四四九名の署名を集めて同支部執行委員長である申請人藤見貞男に対し同支部規約二五条二号(支部執行委員長は、組合員五分の一以上の要請があつたとき臨時大会を招集しなければならない旨の規定)にもとづくものであるとして支部執行委員長、書記長、執行委員の解任のための支部臨時大会の開催を要請したのに、右支部規約二五条二号にあたるものでないという理由で要請を拒絶されたところから、同月八日被申請組合中央執行委員長大久保良光に対し支部大会開催を要請し、同委員長はこれに応じて、同年同月九日北海道砂川市所在東圧会館に集合した星信雄ら砂川支部所属組合員七二〇名(ほかに委任状を提出した同組合員が二四九名あつた)の集会において「砂川支部臨時大会」の成立を宣言し、この集会に参加した組合員らは申請人藤見、川端を含む支部役員の解任を討議してこれを可決し、新支部役員候補者五名、中央臨時大会砂川支部代議員候補者六名を定め、その信任投票を行うことを決定し、右決定にもとづき同日から同月一二日まで投票を実施し同日開票の結果いずれも信任多数で右候補者らはそれぞれ新支部役員、砂川支部代議員に選任され、その後新役員中から更に砂川支部代議員一名が互選された。

(2)  また、同年七月五日大牟田支部所属の組合員緒方一馬は同支部所属組合員の五分の一以上にあたる六〇〇名の署名を集め、同支部執行委員長である申請人猿渡馨に対し同支部規約二四条二号(支部執行委員長は組合員の五分の一以上の要請があつたとき臨時大会を招集しなければならぬ旨の規定)にもとづくものであるとして被申請組合の中央臨時大会開催要請のために支部臨時大会の開催を要請したのに、右支部規約二四条二号にあたるものではないという理由で右要請を拒絶されたところから、同月一三日被申請組合中央執行委員長大久保良光に対し支部大会開催を要請し、同委員長はこれに応じて、同年同月一四日福岡県筑後市所在の市民会館に集合した大牟田支部所属組合員八五三名(ほかに委任状を提出した同組合員が四五三名あつた)の集会においてこの集会を「大牟田支部大会」と認め、これに参加した組合員らは申請人猿渡、杉本、貞方を含む支部役員の解任、評議員会の解散と臨時選挙規程の制定とを討議していずれもこれを可決し、右臨時選挙規程にもとづき、新支部役員候補者五名、中央臨時大会代議員候補者七名を定め、その信任投票を行うことを決定し、右決定にもとづき同日から同月一八日まで投票を実施し、同日開票の結果右候補者らはそれぞれ新支部役員、大牟田支部代議員に選任され、その後新支部役員中から更に大牟田支部代議員一名が互選された。

(3)  そして、被申請組合中央執行委員長は、傘下六支部、二準支部の要請にもとづく合化労連脱退についての臨時中央大会を同年七月二〇日招集する旨かねて全支部及び準支部に通知していたが、同日前記(1)(2)のようにして選出ないし互選された砂川支部代議員七名、大牟田支部代議員七名を含む代議員三〇名出席の下に東京都新宿区厚生年金会館において臨時中央大会を開催し、右大会において被申請組合の合化労連脱退が付議され、出席代議員三〇名全員の無記名投票の結果、賛成二六、反対一、白票三で合化労連脱退が決議され、同月二五日までに合化労連脱退について賛否を組合員に問う全員投票を実施することが決定された。

(4)  前項の決定にもとづき同年七月二一日から同月二五日までの間実施された組合員一般投票の結果は、賛成四、七三六票、反対一、〇一七票、無効二八四票で被申請組合の合化労連脱退に同意の票数が組合員総数の半数を越えた。(被申請組合規約三〇条によると、他団体からの脱退については組合員総数の過半数の同意を要するとされている。)

(5)  次いで、被申請組合代表者である中央執行委員長は同月二六日申請人合化労連書記長に理由を記載した脱退届を提出して脱退の意思表示をした。

三、脱退の効力

(一)  そこで、先ず前記(1)(2)の各支部代議員選出ないし互選の効力を考えるに、砂川支部規約二四条、二五条、大牟田支部規約二三条、二四条によれば、いずれも支部大会は定期大会たると臨時大会たるとを問わずその支部執行委員長が招集するものとされており、組合員五分の一以上の要請にもとづく臨時大会といえども例外ではないから、前記(1)のいわゆる「砂川支部臨時大会」及び前記(2)のいわゆる「大牟田支部大会」はいずれも当時の支部執行委員長の招集したものでない点において正規の支部臨時大会とは認め難いものといわなければならない。

被申請人は、「被申請人中央大会代議員の総数は三〇名、中央大会成立の定足数は出席代議員二〇名であるから、砂川支部中央大会代議員、大牟田支部中央大会代議員各七名計一四名が欠席すれば中央大会の成立を期待することができないところ、右砂川、大牟田両支部の各執行委員長が被申請組合中央執行委員長のなした中央大会の招集を拒否して代議員選任の手続をとらず、いずれも組合員五分の一以上の組合員の規約にもとづく要請を受けながら支部大会をも招集しない。しかし、被申請組合中央執行委員長としては六支部二準支部から合化労連脱退について臨時中央大会開催の要請を受けた以上三〇日以内に中央委員会を招集すべき職責があるから、砂川、大牟田両支部代議員参加が期待できないという理由で臨時中央大会を遷延させることはできず、既にその期日を同年七月二〇日と各支部準支部に通知している関係もあるので、合化労連脱退問題を契機として被申請組合が直面している分裂の危機をさけるため被申請組合規約四九条により緊急事項処理権を有する中央執行委員会を代表して砂川、大牟田各支部の支部大会を招集したのであり、仮りに右のような理由による招集権はないとしても、労働組合存立の危機を回避する緊急の必要に迫られた被申請組合中央執行委員長が被申請組合規約五七条により組合業務統轄権限を行使してなした砂川、大牟田各支部大会の招集は、たとえ支部規約に明文の根拠がなくても、労働組合の分裂回避の要請と、大会の決議が後に行われた全員投票の結果にあらわれた多数組合員の意思に合致するという事情を参酌して適法と解すべきである。」旨主張する。

しかしながら、砂川支部規約及び大牟田支部規約が何れも支部大会の招集権者を支部執行委員長と定めていること前示のとおりであり、右各規約及び被申請組合規約を通観しても支部大会の招集権限が中央執行委員長にあると認める根拠となるような規定はない。従つて、たとえ支部執行委員長が規約上当然支部大会を招集すべき場合にこれを招集せず、これがため被申請人主張のような緊急状態が生じたとしても、中央執行委員長が右支部大会を招集できると解するのは相当でない。若しこのような緊急状態に対処するため支部委員長以外の者において支部大会を招集する必要があるとしても、商法二三七条のような規定の存しない以上民法四一四条二項但書を準用して支部執行委員長に対し支部大会の招集を命ずる判決を得た上これにもとづいて支部大会を招集するほかないものと解すべく、後日前記(4)のような組合員一般投票の結果を見たからといつて、前記中央執行委員長の支部大会招集を遡つて有効視することが許されるわけのものではない。それ故、被申請人の右主張は採用し得ない。

このように、前記砂川、大牟田の各支部臨時大会が正規のものと認め難い以上、右各大会においてなされた前記(1)(2)の役員解任の決議、新支部役員選任及び代議員選任に関する決議、決定等はいずれも無効であり、これが有効なことを前提としてなされた前記(1)(2)の代議員選出ないし互選はいずれも無効といわなければならない。(被申請組合規約三四条、被申請組合選挙規程一四条によれば、支部代議員は支部選挙規程に基づいて選出すると定められているところ、砂川支部選挙規程二条、六条ないし九条によれば中央大会代議員はその都度組合員の直接無記名投票((五名連記))により選出し、執行部より派遣する代議員数については評議員会の議を経て決定し執行委員の互選により選出すべく、選挙は投票日の一〇日前までに告示し、告示後四日以内に候補者を届出、候補者名簿を投票日の前日までに告示し、選挙に関する事項は一切選挙管理委員会が処理しなければならないと定められており、他方、大牟田支部選挙規程七条、一五条、一六条、一八条によれば中央大会代議員は支部役員が兼務する一名を除き組合員の直接無記名投票により選挙すべく、中央大会代議員に立候補するときは投票日の五日前までに所定の用紙に責任者一名を附し、選挙管理委員会の指定する場所に届出なければならず、選挙事務は選挙管理委員会において行うことと定められているが、前記(1)(2)の各選出、互選につきこれら手続が逐一履践された形跡はない。)

(二)  前記(1)(2)の各代議員の選出ないし互選がいずれも無効であるとすればかかる代議員資格を有しない砂川支部、大牟田支部「代議員」各七名合計一四名の加わつた前記(3)の被申請組合臨時中央大会は大会代議員総数三〇名の三分の二即わち二〇名の出席がなかつたこととなるから中央大会代議員の三分の二以上の出席を中央大会成立の要件と定める被申請組合規約二八条に照し中央大会として成立しなかつたといわなければならない。被申請人は、右臨時中央大会に参加した砂川支部、大牟田支部の各代議員は大会に先立ち資格審査委員会においていずれも適法に選出されたものとして認定を受けたものであるから右大会は適法に成立したものであると主張するが、右資格審査委員会による認定が代議員資格を欠除した者にその資格を発生させる効力を有するものであることの疎明はないから、被申請人の右主張はそのような認定が行われたか否かについて判断を加えるまでもなく理由がないものといわなければならない。

(三)  そうとすれば、前記(3)の臨時中央大会においてなされた合化労連脱退の決議は無効であり、右決議が有効であることを前提としてなされた(5)の脱退の意思表示は無効であるといわなければならない。何となれば、被申請人組合規約二九条三号、三〇条によれば、被申請組合の他団体加盟又は脱退は中央大会の決議及びこれに対する組合員総数の過半数の同意を必要とすることとなつており、右中央大会の決議が無効であれば(右同意の有無に拘らず)、脱退の意思表示はその効力を生じないものと解するのが相当だからである。

四、(一)申請人合化労連は被申請人が加盟している連合体であつて、被申請人が組合員約七、三〇〇名を擁する労働組合であることは前記のとおりであるから、申請人合化労連は被申請組合が同申請人に加盟していることの確認を求める法律上の利益を有するものというべく、右確認を求める訴の判決確定まで前記脱退の意思表示が効力を生じないものとする仮の地位を定める仮処分の必要性があるといわねばならない。(合化労連規約七条が「合化労連加盟組合の権利義務は中央執行委員会において脱退を承認するまで消滅しない」旨規定したのは基本綱領、規約及び機関の決定に違反し、合化労連の統制を紊し、もしくは正当な理由なく労連費を三ケ月以上怠納した加盟組合が除名を含む処分を脱退によつて免れることを予防する目的に出たものにすぎず、存続期間の定めのない合化労連において加盟組合の脱退の自由を制限し、その上部団体選択の自由を奪う趣旨にいでたものではないと解するのが相当であるから、本件のような事情にもとづく脱退の意思表示は、仮りにその要件である前記脱退決議が有効であるならば、前記規約七条の規定に拘らず、その到達により脱退の効果を生ずべきものであつて、申請人合化労連が組合員多数を擁する加盟組合を統制下に確保することによつて交渉力を発揮し得る労働組合連合体としての組織に対する著しい損害を避けるため右脱退の意思表示が効力を生じないものと仮に定めることを求める必要性があるものといわなければならない。)(二)申請人砂川支部、同大牟田支部はいずれも被申請組合が合化労連を脱退したものとされることによつて合化労連の基本綱領に従い被申請組合規約上認められた両支部の制度上の権利を通じ、間接に申請人合化労連の労働組合としての活動に参加し得べき地位を無視され労働法上著しい損害を蒙むるものというべく、被申請人を相手方として右損害を避けるためいずれも本件仮の地位を定める仮処分を求める必要性があるものと解すべきである。(三)そして、その余の申請人らもまた、合化労連の基本綱領に従い被申請組合規約及びそれぞれの所属支部規約上認められた諸権利を通じ間接に申請人合化労連の労働組合としての活動に参加し得べき地位を無視され、労働法上著しい損害を蒙るものというべく、被申請人を相手方として右損害を避けるためいずれも本件仮の地位を定める仮処分を求める必要性があるものといわなければならない。

五、よつて本件仮処分申請はいずれも理由があるから民事訴訟法第七六〇条によつてこれを認容し、申請人らに共同して保証として金一〇〇万円を供託させた上申請費用の負担につき同法第八九条第九五条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 西村四郎)

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